リレーメッセージ「第17回 村上稔(元徳島市議会議員 第十堰住民投票の会事務局)」

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徳島での運動の詳細は、昨年村上さんが上梓した著書『希望を捨てない市民政治』(緑風出版)に分かりやすく記されています。この本は、哲学者の國分功一郎氏がAmazonの書評『来るべき民主主義』 (幻冬舎新書)で取り上げたこともあり、話題の一冊となりました。

また、当会や小平の住民投票運動に招かれ、軽快な口調で、また徹底的に市民の活動に寄り添う誠実さで、講演してくださいました。小平市内で行われた「どんぐりと民主主義 PART5」(中沢新一氏、國分功一郎氏との対談)は、住民投票が不成立になり落ち込みがちな参加者も多い中、まさに希望を与えるような内容でした。ぜひ、「どんぐりと民主主義」の動画もご覧ください。


村上稔


村上稔
1966年(昭和41年)徳島市生まれ、京都産業大学外国語学部卒。平成11年~23年 徳島市議会議員、平成12年 吉野川住民投票を実現(住民投票の会事務局)、現在 買い物弱者対策のソーシャルビジネスに従事。著書『希望を捨てない市民政治』(緑風出版)、共著『吉野川対談 市民派を超えて』(中村敦夫氏との対談)、編著『未来の川のほとりにて』(山と渓谷社)等 

フォーカシング・イリュージョン

ロボット工学者の前野隆司さんの書いた新刊「幸せのメカニズム」という本に、「フォーカシング・イリュージョン」という現象が説明されていました。

人間は、すぐに幸せの方向を間違ってしまうそうです。そこに幸せは無いのに、あるように思いこんで、必死に求めてしまうという現象が起こりやすいというのです。

年収1億円稼いでいる人が、必死になって2億円を求める。10億円の人は20億円…。

米調査会社ギャラップの、45万人を対象にした調査(2008~2009年)の結果、お金をたくさんもつと「満足度」は高まるそうですが、「幸福度」は年収7万5千ドル程度で横ばいになり、満足度と幸福度が乖離していくそうです。

しかし「満足イコール幸福である」と思い違いをして、より多くの収入だけに意識をフォーカスし、幸福を置き去りにして突き進んでいく現象だそうです。

「満足」というのは、欲望が満たされている、ということです。欲望は満たされても、ほんの2週間ほどもすると、またさらに大きくなるので、次の満足に向かって渇望がはじまります。ゴールの無い、不幸な餓鬼道です。

原発推進は、マッチョで強い人たちのイリュージョン

東大を出たキャリア官僚や、電力会社のエリート社員や、国会議員…。こういう人たちはマッチョで強い。

私は市会議員を長くしていたので分かりますが、自民党の国会議員などは強い。すごく鈍いけどその分、個体の生物としては強い。なので、こういう人たちはのし上がってきます。

強く、のし上がった人たちの、「経済成長」という巨大な「フォーカシング・イリュージョン」の一番先端にあるのが原発だと思うのです。その先に幸福がないのは明らかなので、彼らは間違っている。だけど彼らは鈍く強いので、周りを黙らせてでもイリュージョンを手放そうとしません。

市民の知恵と汗が吉野川可動堰を止めた

吉野川可動堰計画では、利権がマスコミにまで及んでいませんでしたので、私たちの運動は、マスコミが大きく取り上げてくれて、最終的に住民投票で民意を示し、ストップさせることができました。

ところが、原発に関する運動は、電力の利権がマスコミにまで浸透しているので、マスコミが報道せず、広報力に欠けます。マスコミにとって、小悪、中悪はメシのタネですが、巨悪は自らの根幹を揺るがすことになるので報道しません。

なので、もっともっと工夫が必要です。

私たちも、住民投票の投票率を高めるために、123とだけ書かれたプラカード(投票日1月23日)を持って立ったり、議会構成逆転のためのチラシを何十万枚も撒いたり、全戸戸別訪問をして住民投票請求の署名を集めたりしました。大勢の知恵を集め、膨大な汗を流して、10年以上の歳月をかけてようやく可動堰(ダム)計画を止めることができたのです。

吉野川のほとりに暮らす住民たちは、誰もが、川を堰き止められるのが嫌だった。大人も子どもも、良い人間も悪い人間も、吉野川が堰き止められるのは、なんか嫌だった。徳島市民は、可動堰(ダム)は嫌だ、という意見を表明したかったのですが、官僚出身の知事は勝手に「民意は計画推進だ」と決めつけていたのです。その矛盾が、10万人のウネリを作り出したのです。

「原発」国民投票のツボは、国民を信じ、自分たちを信じること

原発国民投票も、可能性はあると思います。それは、原発に意見を表明したい国民は、相当数いると思うからです。それを信じているからこその国民投票運動なのですが、その信念のみが、マスコミの非協力を突破できる、この国民投票運動の「ツボ」だと思います。

原発に意見を表明したい人がたくさんいる、と信じること。国民を信じることができるかどうかが、この運動の一番大切な「ツボ」だと思います。このツボだけをおさえて、スイミーの物語に出てくる小さな魚たちのように結集しましょう。

原発推進のマッチョな人たちは、数でいえば圧倒的に少数です。マスコミは電力会社や経団連各社が広告スポンサーではあっても、その元となる存在基盤は国民の購読や視聴です。

私たちはまだまだ知恵も汗も出し切っていないと思います。今は、拡げることだけを考えて、内にこもらないように(内にこもってきはじめたら運動は終わりです)、粘り強く続けていきましょう。

かつて徳島市民が「自治の熱狂」で感じた生命の喜びを、国民全体で感じてほしいです。原発国民投票で1票を入れる、感動の朝が訪れることを信じてがんばりましょう!

 

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