住民投票で切り拓いた、ドイツ初・市民電力会社の設立: 第一回 映画「シェーナウの想い」レポート
都民投票のスタッフだった大芝健太郎氏が、映画「シェーナウの想い」の舞台となったドイツのシェーナウ市を訪れ、関係者にインタビューを行いました。「住民投票で切り拓いた、ドイツ初・市民電力会社の設立」と題して、3回に分けてレポートを掲載します。第1回目ではまず、映画「シェーナウの想い」を紹介します。
「シェーナウの想い~自然エネルギー社会を子どもたちに~」これは、私がドイツに行くきっかけの一つにもなった映画だ。ドイツ南西部のSchwarzwald(シュバルツバルト:黒い森の意)の広大な樹林帯にある「シェーナウ」。人口2500人の小さな町が、その舞台となっている。ごく平凡な町が、2回の住民投票を経て民意に従い、地元の電力独占企業から独立。市民が再生可能エネルギーの電力会社を設立するまでを描いた、鮮烈なドキュメンタリーである。
発端は1986年、絶対に起こらないとされていた原発事故がチェルノブイリで起こり、2000キロ離れたシェーナウにも放射性物質が飛来。子どもを外で遊ばせることや、庭の野菜を食べることができなくなった。問題意識を持った地元の親たちが「原発のない未来のための親の会」を立ち上げる。その中の一人、ウルズラ・スラーデックさんは「正直言うと、事故が起こるまで、原発について真剣に考えたことなんてなかった」と語る。日本人の大半も、そうなのではないだろうか。
彼女たちは地元の独占企業、ラインフェルデン電力会社(KWR)に要求を出した。それは、「脱原発」「エコ電力の買い取り価格引き上げ」「節電を促す電気料金プラン」の3つだ。しかし、他の電力会社を選ぶ余地のないこの地域では、KWRは自ずと強気になる。彼らの要求は冷たくあしらわれた。
そんなKWRのシェーナウ市との契約が、4年後にいったん切れる。警戒したKWRは、前倒しの更新が行われた場合、市に10万マルク(約500万円)を提供するという魅力的な提案を持ちかけた。反対派住民は、彼らに代わって市に同額を渡せるよう、わずか数週間で集めきってみせた。だが市議会では市長と保守政党が賛成にまわり、前倒しで契約することが決まってしまう。しかし反対派は諦めることなく、住民投票を要請。最終的には投票によって決められることになった。
前倒し契約の反対派は、有権者に関心を持ってもらい理解を得るために、Tシャツを作ったり、チラシを配ったりした。バンドを組み、自分たちの想いをビートルズの曲にのせて伝えた。一方、KWR側は「もし、電力網が住民側に渡れば、シェーナウの明かりは消え、仕事はなくなるだろう」と不安をあおる。住民は賛成・反対に分かれ、家庭や市議会の中だけでなく、町のいたる所で「電力議論」がなされた。そして1991年10月27日、住民投票の結果は、反対派が55.7%で賛成派を上回り、前倒し契約は取り消さることとなった。
シェーナウの住民グループは「シェーナウ・環境にやさしい電力供給のための支援団体」を発足し、全国の支援者に情報を発信。電力セミナーを毎年企画して、多くを学び、また励ましも受け、ついに住民発のシェーナウ電力会社(EWS)が誕生する。
その翌年の1995年、シェーナウの今後の電力供給会社が、市議会で決定されることになった。議員の過半数はEWS側だ。「電力供給の認可契約をEWSと結ぶ」という議案に対し、賛成6、反対5でこの議案は可決される。しかしKWR側はあきらめない。「住民に信を問いたい」として、2度目の住民投票に持ち込んだ。
この住民投票には、お互い非常に力が入った。チラシは毎週両者から配布され、紙面上でも大いに議論が交わされた。KWR側は不安を駆りたてることに成功し、住民の中には「素人では、今までのように確実に電力を供給できないのでは?」と考える人もあらわれた。
一票が結果を左右するこの住民投票では、住民全員に働きかけることが重要である。EWS側は多くの人に集会場に来てもらおうと、民族音楽会、老人会、医師による講演会などを開催。オリジナルのロックミュージックも作った。持ち上がった企画を一つずつこなすと同時に、戸別訪問も精力的に行われた。住民は、忙しい中でも説明に来た人を家の中にまで招き入れ、熱心に話を聞いた。そして、ついに運命の1996年3月10日がやってくる。投票率は国政選挙を上回って約85%にまで達し、結果は僅差でEWS側が過半数を得た。歓喜に沸き抱擁し合うEWS側住民。彼らの頬を伝う涙に、長かった道のりの苦労が透けて見える場面だ。
KWR側だった市民、ハーゲンナッカーさんは言う。「KWR側が勝つことを想定していました。正直に言うとある程度確信がありました。わずかな差での(EWSの)勝利でしたね。今となってみれば、それがシェーナウにとって逆に良かったと思います。EWSが長年やってきたことは、この地域にとって高く評価されるべきだからです。そして実際に良い評価を得ています。」
1997年から、シェーナウの電力網はEWSが管理している。収支面でも環境面でも順調で、電力供給は安定し、料金には競争力がある。そして、原子力・石油・石炭を全く使わないエコ電力を供給している。
政治家に任せるのではなく、運動のリーダーに任せるのでもない。市民が戸別訪問などを重ね、一人、また一人と仲間を増やす。そうしてシェーナウは、町全体でとことん議論を重ねた。住民投票の結果を尊重し、賛成派も反対派も共に歩んでいく姿は、私たちに共感を呼び起こし、希望と力を与えてくれる。
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http://www.geocities.jp/naturalenergysociety/
プロフィール
大芝健太郎(27)旅するジャーナリスト
スイス、リトアニア、ブルガリアなど、ドイツを中心にヨーロッパの住民投票・国民投票を現地取材。「原発」国民投票賛同人。
Blog: http://shibaken612.blogspot.com
2014年4月24日 | コメント/トラックバック(0) |
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