住民投票で切り拓いた、ドイツ初・市民電力会社の設立: 第三回 創立者のウルズラさんに聞く
都民投票のスタッフだった大芝健太郎氏が、映画「シェーナウの想い」の舞台となったドイツのシェーナウ市を訪れ、関係者にインタビューを行いました。「住民投票で切り拓いた、ドイツ初・市民電力会社の設立」と題して、これまでに2回レポートを掲載しました。最終回である第3回では、いよいよ「シェーナウ電力」の代表に会い、住民投票の本質について聞きます。
私がシェーナウの街で最初にインタビューしたのは、ヴァルター・カーレさん。ホテル「4匹のライオン」のオーナーであり、料理長だ。このホテルにはコージェネレーション(熱と電気を同時に生み出す機械)が導入されており、映画「シェーナウの想い」の中でも紹介されている。予約もせずにいきなり伺ったのだが、シェーナウを訪れた経緯を話すと、夕食前の忙しい時間にもかかわらず、ヴァルターさんはコージェネの機器があるボイラー室まで連れて行ってくれて、快く当時の話などをしてくれた。
彼は原発に関して反対の立場である。そのきっかけはチェルノブイリ原発事故だ。「キノコなど、食材を普段の仕入先から買うことができなくなってしまい、もしもっと近い原発で事故が起こったら……と考えると、反対せずにいられなくなった」と言う。住民投票の際は表立って活動することはしていなかったが、シェーナウ電力会社設立に向けた会議やイベントでは、ホテルの部屋などを提供したそうだ。
「住民投票をしたことによって困ったことはありませんか」と聞くと、「シェーナウ電力に反対の人が、お客さんとして来てくれなくなってしまったのには困ったが、今ではその影響も薄れてきたよ。逆にシェーナウ電力のことを知るために、君のような人が来るようになったんだ」と嬉しそうに答えた。そして、「住民投票を期に原発についての確かな情報が行き渡ったことはとてもよかった」という。これが住民投票の勝因にもなった。
「4匹のライオン」では、地元産の自然な食材やモノを使うことに、徹底的にこだわっている。料理のテーマは「ナイフとフォークで環境を守ろう」。野菜は農薬の使用が少ないもの、ワインも添加物の入っていない地元産だ。海外のワインを、わざわざ輸送のエネルギーを浪費し二酸化炭素を出して取り寄せたりはしない。ホテルのベッドは地元の「黒い森」の木材を使ったもので、部屋の電気は全て省エネ仕様になっている。なるべく環境負荷をかけず、しかも地元の美味しい旬の食材を堪能しながら、ゆっくり休めるのがこのホテルのウリなのだ。食堂で、僕はマスのホイル焼きとサラダを注文した。地産地消とエコというコンセプトも一緒に味わうことができて、おいしさが倍になったような気がした。
ホテルで新たな鋭気を養った翌日、第2回に登場したレナーテさんのご紹介により、ウルズラ・スラーデックさん(シェーナウ電力の代表)との単独インタビューを実現した。ウルズラさんは、2011年に環境保護分野のノーベル賞と言われるゴールドマン環境賞を受賞し、また’13年にはドイツ環境賞も受賞した人だ。電力会社の事務所を訪ねると、非常に多忙ななかでもにこやかに迎えてくれ、私のつたないドイツ語を気遣うように、ゆっくりと話を始めた。――シェーナウで行われた住民投票の概要を教えていただけますか?
住民投票をやりたいときには、まず要請を出すことになります。そのためには有権者の15%の署名を集めなければなりません。当然ドイツの人口規模はどこも同じではありませんから、集めなければいけない署名の量も違います。署名を市役所に提出すると、実在していない人が含まれていないか、重複して署名をしている人がいないかを細かくチェックして、きちんと15%に達していれば住民投票が行われることになります。(※1)署名期間は6週間。日付と苗字、名前、住所が必要です。
住民投票それ自体にかかるお金は自治体が払うけれど、運動に関わるお金はすべて自分たちで用意しければなりません。選挙と同じように投票券が郵便で届き、投票所に行って投票します。選挙との違いは、設問がYESかNOの二択だということ。ドイツでは住民投票が地方自治体でよく行われています。例えば「新しい迂回路の建設について」などです。州レベルでいえば「シュトゥットガルト21」(※2)なんかがそうですね。でも連邦レベルでは行われたことはありません。
※1 日本でいう「常設型住民投票条例」と呼ばれ、ある一定の署名が集まれば議会に否決権がなく必ず住民投票が行われる制度。
※2 バーデンビュルデンブルク州の州都シュトゥットガルト駅の建て替えプロジェクトのこと。莫大な予算がかかるため、2011年に住民投票にかけられることになった。
――政治家が決めることと、住民が決めることには違いがありましたか?
住民投票をすることによって、シェーナウの市民が賛成・反対、両方の意見を出し合って、家族内でも学校でもたくさん話しをすることになりました。違う意見の人どうしが激しく議論することもありました。政治家だけではなく、みなが議論をすることで、自分の意見を構築していく。その過程を経て、最終的に市民がEWS(シェーナウ電力会社)を選び取った。これが大きな違いですね。そしてこれこそが、生き生きと活気に満ちた民主主義なのです。そもそも政治家がきちんと私たちの意見をくみ取って仕事をしてくれれば、私はここまで関わりませんでした。しかし実状はどうでしょうか、私たちの想いとねじれていることが多いのが現実なのです。
――住民投票当時は保守的、つまり、EWSに反対の議員が多かったのですが、なぜ住民投票では勝つことができたと思いますか?
実は、シェーナウに住んでいる人たちは、今でもとても保守的です。選挙ではCDU(ドイツキリスト教民主同盟=保守)を選ぶ人が多い。でも、今回の住民投票のようにある事柄に限った場合、全く違った反応をするのです。一つの事柄に限ると、どちらに投票するべきかが、選挙よりも明確になるからだと思います。
――今でも、賛成派と反対派は対立していますか?
片手で数えられるほどの人はまだ受け入れられないようですが、その他の大多数の人には対立は残っていません。シェーナウ電力は、始めは小さな会社でしたが、今では町一番の大きな会社に成長しました。そのおかげで雇用も増えましたし、営業税はシェーナウ市の2番目に大きな会社の3倍も納めています。そういった直接的な利益もありますし、当然、環境にやさしいという自負もある。間接的にも、シェーナウ電力を目当てにたくさんのゲストが来るので、レストランやホテル、市長も喜んでいます。町の人は「自分たちは正しい選択をしたのだ」と確信しています。
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このシェーナウという小さな町の選択は「正しかった」のか。脱原発は「正しい」のか。見方を変えれば、正しさも変わる。答えは人それぞれにあるだろう。ウルズラさんは、住民投票には「生き生きとした活気に満ちた民主主義」があった、と言う。それは「正しさよりも大切なもの」なのではないだろうか。もし間違っているとわかったら、正せばいい。「活気に満ちた民主主義」があれば、市民が間違いを見つけ、議論し、選択することができるのだ。私は見たい。日本がシェーナウ市民のように「政治家お任せ民主主義」から脱却するときを。住民投票や国民投票を通じて、市民が考え決定する「活気に満ちた民主主義」を実現する姿を。
プロフィール
大芝健太郎(27)旅するジャーナリスト
スイス、リトアニア、ブルガリアなど、ドイツを中心にヨーロッパの住民投票・国民投票を現地取材。「原発」国民投票賛同人。
Blog: http://shibaken612.blogspot.com
2014年7月24日 | コメント/トラックバック(0) |